初めてなのに懐かしいのはなぜだろう。
これから始まる「暮らし」に心ときめく。
初めてなのに、前から知っていたような気がする懐かしさ。
いつもより五感が敏感になり、古い記憶が呼び覚まされるような感覚。
只今加藤家は、大きな懐であらゆる人をこの町の暮らしに迎え入れ、包み込みます。
世界遺産にも指定された石見銀山。その中心地であった大森町の町並みは、重要伝統的建造物群保存地区としてかつての景観を今に伝えています。四方を山に囲まれた中に、赤い石州瓦の屋根が身を寄せあうように並んでいる眺めは、この町ならではのもの。暮らすような旅時間が、ここから始まります。
加藤家に荷物を下ろしてひと息ついたら、夕食の買い出しがてら、大森町をぶらり散歩。ここは徒歩や自転車で巡るのにちょうどいいコンパクトな町。さまざまな史跡や、昔ながらの土手が残るせせらぎを眺めながら、これからの過ごし方にあれこれ思いを馳せて。散歩を終えて「ただいま」と加藤家に帰り着くうれしさも格別です。
土間に足を踏み入れると、香ばしい香りが鼻をくすぐります。火鉢でしゅんしゅんと湯気を立てるやかんに満たされているのは、石見地方伝統の野草茶「こぉか茶」。「おかえりなさい」の気持ちを込めた、加藤家からのささやかなおもてなしです。お茶を片手にほっとくつろげば、ここはもうすっかりみんなのお茶の間。
昼下がりから黄昏に向かうひととき。徐々に翳っていく室内にたたずみ、光の変化で時の移ろいを感じて。空間に現れる光と影のコントラストは、日本の古い家に備わっていた美意識を思い出させてくれます。
おなかがグーッと鳴り始めたら、そろそろ夕食の準備を。近所の商店で買ってきた野菜やお肉やシーフードを、みんなでわいわい下ごしらえすれば、あとは炭火をおこすだけ。冷蔵庫にはビールがほどよく冷えて、夜風に吹かれながら、水入らずの晩餐のはじまりはじまり。
お食事について人工の灯りの少ないこの町では、夜が更けると、辺り一面、深い闇と静寂に包まれます。頭上には満天の星がまたたいて、思わず見とれてしまうほど。夏は近くの水辺でホタルにも出会えます。都会が失ってしまった、ほんものの夜の手ざわり。テレビやPCでは味わえない何かが、心にじんわり沁みてきます。